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Kokudoriing

技術系与太話ブログ

UXデザイン入門―ソフトウェア&サービスのユーザーエクスペリエンスを実現するプロセスと手法

読了。

UXデザイン入門―ソフトウェア&サービスのユーザーエクスペリエンスを実現するプロセスと手法

UXデザイン入門―ソフトウェア&サービスのユーザーエクスペリエンスを実現するプロセスと手法

副題にもある通り、プロセスと手法の本です。Howのお話。


ただ、気になる点として、1.1.2の「ソフトウェアにはアフォーダンスがない」という部分。(p3)
アフォーダンスは(少なくともジェームズ・ギブソンが提唱した原義的な意味では)動物と物の間に存在する行為についての関係性であり、
よくある関係性に可能性(can)がある。

例えば僕が自室の椅子に座るという行為が可能であれば、この椅子は僕に対して「座る事ができる」ことをアフォードしている。
問題は、僕が椅子を見て「座れないな」と思ったとしても(より適切に言うと、対象者が知覚せずとも)、
実際に僕がこの椅子に座ることが可能であるならば、このアフォーダンスは成立する。

つまり、もし仮に「ソフトウェアにはアフォーダンスがない」のであれば、ユーザーとソフトウェアとの間で行為についての関係性が存在しなくなる。
当たり前だが、そんな役に立たないソフトウェアなんてこの世に存在しない。
視覚障害者でなければ、ソフトウェアを見ることができるのであれば、ソフトウェアは「見ることができる」ことをアフォードしている。
(もっとも、それはモニタがアフォードしていると言えるかもしれないけども)

これはアフォーダンスという言葉を広めたドナルド・ノーマン自身が誤用を認めているパターンであり、
ノーマン自身は知覚することを必要とするアフォーダンスを「知覚されたアフォーダンス」又は「シグニファイア」と呼ぶよう促している。
UX/UIにおいて知覚されないアフォーダンスに経済的な価値は(少なくともそのアフォーダンスを知覚できなかったユーザーにとっては)無い。
つまり、知覚されたアフォーダンスを対象として物事を考えることが非常に多いデザインの領域ではシグニファイアって単語使っておいたほうが無難よ、というお話。

まぁ、細かいことといえばそうなんですが、本書で

「環境や物体が与える意味、行為の喚起」

という説明をしているのでこれは誤解を生みそうだなーと。
意味、行為の喚起を促しているのはデザイナであり、アフォーダンスは本質的にそれらとは独立した存在です。


さて、本書ですが、書かれていることは勿論のこと、個人的に一番嬉しかったのは参考書籍の紹介。
というのもUX系の本ってやっぱり洋書が多いんですよねー。そして多くは未翻訳。
というわけでUX興味あるならこれだけは絶対に読んどけ的な本とかありますかね?